エッセイ

55歳からの学び直し。遅いと思っていたのは、自分の思い込みだった

エッセイ

「もう55歳だし、今さら新しいことを始めても遅いかもしれない」

そう思い込んでいた時期がありました。

新しいことに興味がないわけではありません。

むしろ、やってみたい気持ちはずっと心のどこかにありました。

それでも、「今から勉強して意味があるのか」「若い人には敵わないのではないか」と考えてしまい、結局何も始めないまま日々が過ぎていきました。

仕事を終えて帰宅し、食事をして、テレビやYoutubeを見ているうちに一日が終わる。

休日も特別なことをするわけでもなく、気づけばまた月曜日が来る。

そんな繰り返しが、いつの間にか当たり前になっていました。


そんなあるとき、自分に問いかける瞬間がありました。

「このまま一年後も、同じことを思っているのではないか」

その一言が、少しだけ心に引っかかりました。

そこで初めて、「何か一つだけでもやってみよう」と思ったのです。


最初に手をつけたのは資格の勉強でした。

もともと勉強が得意だったわけではありません。

試験が終われば内容はすぐに忘れてしまうような、そんな学生時代でした。

それでも、「少しだけやってみる」という気持ちで参考書を開き、1日10分だけ机に向かうことから始めました。


もちろん、最初からうまくいったわけではありません。

覚えたつもりのことが翌日には抜けている。

問題を見ても、昨日よりも分からなく感じる日もありました。

「やはり年齢的に厳しいのかもしれない」

そんな考えが頭をよぎることも一度や二度ではありませんでした。


それでも続けていると、少しずつ変化が出てきます。

昨日は理解できなかった内容が、今日は少しだけ分かる。

一問多く解ける日が増えてくる。

意味が曖昧だった用語が、自然と頭に残るようになる。

そうした小さな積み重ねが、いつの間にか自信に変わっていきました。


資格試験に合格したときは、当然うれしさもありました。

ただ、それ以上に心に残ったのは別の感覚でした。

「まだ自分は変われるんだ」という実感です。


55歳という年齢になると、体力や記憶力の変化を意識する場面が増えます。

若い頃と同じようにはいかないことも確かにあります。

ただその一方で、別の力も身についていることに気づきました。

それが「続ける力」です。


若い頃は、結果を急いでしまうことが多かったように思います。

少しうまくいかないだけで、やめてしまうこともありました。

でも今は、すぐに結果が出なくても、少しずつ積み重ねることに意味があると感じています。


勉強というのは、資格を取るためだけのものではないのかもしれません。

昨日より少し理解が深まること。

知らなかったことが分かるようになること。

そうした変化そのものが、日々の小さな楽しさになっていきます。


最近では資格の勉強に限らず、本を読むことやブログを書くこと、新しいガジェットに触れることも、自然と習慣の中に入ってきました。

学ぶという行為が、少しずつ生活の一部になってきた感覚があります。


もし今、「もう遅いのではないか」と感じている人がいるとしたら、こう思います。

遅いかどうかを決めているのは、年齢ではなく「始めるかどうか」だと。


1日10分でもいい。

ほんの少しでもいい。

始めてみると、その小さな時間が思った以上に積み重なっていきます。

そして気づいたときには、少し違う自分になっているかもしれません。


今の私は、まだ学びの途中にいます。

これからも新しいことに触れながら、自分を少しずつ更新していくつもりです。


55歳だからこそ、見えてくる景色があります。

思っていたよりも、人生はまだ広がっている。

今はそう感じています。

見に来ていただいてありがとうございます。